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浜松市佐久間町のフィフティーズな床屋 乗本和男のブログ

フィフティーズ大好きな床屋の店主です。円満家族のお手伝いをする床屋です。

僕の町、浦川の英雄

歴史 生活 職人 雑感 佐久間町の偉人

おはようございます。

 

今日は、朝から晴れやかな天気で気持ちがいいですね。

 

浜松市佐久間町の理容師  乗本和男です。

 

地元密着型の仕事をしてる僕が、これだけ住みやすい街を作ってくれた地元の英雄を少し紹介したいと思います。

 

今回は、江戸時代から明治にかけてのこの町に貢献してくれた人の中に矢高濤一(やたかとういち)と言う方が見えます。この方を紹介したいと思います。

 

この方は、元々浦川をまとめていた地主の日名地家の長男として生まれたんです。

なかなか、子供のころから、頭が良く運動神経なんかも良かったみたいで、

 

18歳の時に、弟に家督を譲って江戸に、剣道の修行に行き7年間修業して免許皆伝になり地元に帰って来たのです。

 

そして、40歳前後の時この浦川の名主となり、浦川の町に毎年起きる洪水問題に着手することになりました。

 

この浦川と言う町は、昔は、水の被害の多い町でして、その理由として町の真ん中にぶつかる様に相川と尻平川が流れてました。

 

この川は、普段はいいのですが、雨の多い雨季や、台風のシーズンになると、川の水量が増え

 

相川と尻平川が町中でぶつかりそこから水が溢れて来て町中が洪水で水没してしまい、民家だけではなく、田畑もだめになり、しまいにはこの浦川の町を出ていくものも出たみたいなんです。

 

ここで、名主となった、矢高濤一は、江戸時代ですから藩にこの状態を伝え、相川と尻平川が町中で、ぶつかり合わないように浮森と言う山を削りそこに相川を真直ぐ流れる様にしようとしたのです。

 

しかし、この河川工事には、莫大なお金と労働力が かかったみたいで、藩に借りたお金では足りず矢高濤一本人の私財を投じて相川の堤防を築いたのです。が!

 

また、これとは別に浮森山を削り相川が町の中を通らないようにするための費用も

莫大なお金がかかり明治のお金で、300万(当時の1円が今の2万円みたいですから

え~~と600億!!)を自分の不動産を担保に借りたみたいです。

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そして、4年の歳月を懸て相川と尻平川による洪水は無くなり、元々町中を通っていた

相川の跡地を協力してくれた地元の人たちに分け与えたみたいです。

 

僕の家(借地)は、元々相川が流れていた跡地に立っていまして、周りの土地も

昔からあった地元の方の土地になってます。

 

今でも、矢高濤一に分けてもらった土地を大事に家の継承者の方が持っているんですね。

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それに、僕の家の周りは元相川だけに地下水が豊富に出ます。隣の鮎のおとりを売っている大黒屋釣具店には、最高の条件の場所でしょうね。(笑)

 

でも、この事を自分に置き換えて考えてみると、いくら財産があり、名主だからと言ってもここまで、浦川に住む人たちのために出来るのだろうかと考えてしまいました。

 

でも、こんなすごい事は出来ませんが、自分の仕事を通じてブログや

Face book  などで、浦川と言う所を知らない人たちに浦川の良さを伝えてくのも、

かなり少しですが、この町に貢献できるんじゃないかな~~~とブログを書きながら思いました。

 

本当に矢高濤一さんは、浦川を救った英雄だと改めて思いました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。