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浜松市佐久間町のフィフティーズな床屋 乗本和男のブログ

フィフティーズ大好きな床屋の店主です。円満家族のお手伝いをする床屋です。

「フィフティーズin浦川」をやるにあたり、ボクがフィフティーズをなぜこれほど好きなのか書いてみました。

 

こんにちはー。
浜松市佐久間町の理容師 乗本和男です。

「フィフティーズin浦川」をやりまーす。

さてさて、4月2日にボクの店で行われる「フィフテーィズin浦川」に向けて着々と準備を進めているところなんです。

来てくれたみんなと楽しめたらいいなってことを、いつも考えているんですよ。

でも地元でこういったフィフティーズで盛り上がろうと考えたのには、やはりボクがどういった経緯でフィフティーズが大好きになったのかを、説明しなくてはいけないなって感じたんです。

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心に残った曲

ボクは初めフィフティーズを知ったのは曲からでした。

少年野球の試合の帰り、バスのラジオから聞こえるアップテンポな英語の歌。そしてすごくわかりやすい単調な英語とリズムがボクの心を鷲掴みにしました。

曲名も歌手もわかりません。分かるのはアップテンポのリズムだけ。

それを頼りに色々と探したのですが、今みたいに情報をすぐに見つけることはできなかったし、小学生のボクにはなかなか探すのが困難でした。

日本のフィフティーズとの出会い

ある時、同級生の友達の家に遊びにいったんです。そしてその子のお兄ちゃんの部屋にあるステレオで音楽を聴くかってことになりました。

そしてその時に聞いたのが「舘ひろしのいたクールス」というバンドの曲でした。アメリカンテイストなロックンロールをやるバンドなんです。

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クールスが演奏しているリズムがボクの探し求めている曲と似てたんですよね。でもどこかが違う、ボクが求めている曲と歌手ではないなって分かったんです。

それからボクが小学6年の時は1955年〜1963年ぐらいに流行った音楽がリバイバルでまた流行り始めていたんです。

1981年の「ザ・ビーナス」の「キッスは目にして」なんかは「エリーゼのために」が原曲で、双子の1959年「ザ・ピーナッツ」も「情熱の花」にアレンジして歌っていたものです。

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でもなかなかボクが探し求めている曲が、見つからないんですよね。

豊橋から転校生が来た

そんな時に同級の小学6年生の男の子が豊橋市から引っ越して来ました。ボクは物珍しいのと人懐っこい性格も加えて、その子と仲良くなって家に遊びに行ったんです。

そしたらその子のお兄いちゃんの部屋に案内されました。お兄ちゃんには内緒ですからドキドキもんだったんです。

そしてドアを開けてたその瞬間、今まで見たこのない部屋が!(まさに今のボクの店みたいだったんです。)

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友達が一緒に部屋に入り、おもむろにお兄ちゃんのレコードを取り出し、レコードプレイヤーにレコードを乗せて、針を手動で落としました。

そのレコードプレイヤーはFMラジオで曲を聴ける物だったんですよ。だからラジオをFMの周波数に合わせて、ラジオのスピーカーに耳を傾けました。

そしてプチプチと鳴るスピーカーから、軽快なアップテンポの曲が流れて来たんです。その曲が流れた時、全身に鳥肌が立ちました!

だって、ボクが探し求めていた曲だったからです。

その曲は「ポール・アンカ」の「ダイアナ」でした。

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ボクはその時から、もう離れることのできない「フィフティーズ」マジックにかかってしまったんですよ。

フィフテーズを大好きになったきっかけはこんな感じでした。

今日はこのくらいにして、これからも継続してボクがフィフティーズが大好になった経緯を書いて行きますね。

それでは、またー。