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浜松市佐久間町のフィフティーズな床屋 乗本和男のブログ

フィフティーズ大好きな床屋の店主です。円満家族のお手伝いをする床屋です。

ボクがいつも楽しみにしている晩酌、なぜ「サッポロビールの黒ラベル」なのか思い出と理由を書いてみました。

雑感 暮らし

 

こんにちはー。

浜松市佐久間町の理容師 乗本和男です。 

楽しみな晩酌

さてさて、ボクは飽きもせず毎日のように、仕事が終わったら晩酌を楽しんでします。

ある意味、毎晩の晩酌が楽しみだからこそ仕事にも身が入り、明日の仕事に対しての英気になってるんですよね。

そんな晩酌ですが、昔は父親という相方がいたので、毎晩が晩酌というより宴会というか、お酒を欲しいだけ飲んでました。(仕事の前日なので、気持ちの中では少なくしようという気持ちは強かったですよ。)

 

そんなお酒はボクにとって日常的に飲むとかあるとか、そんな状態が小さい頃から当たり前だったんです。

お酒はいつも側にあった

小学校の土曜日の日は必ず昼間に帰ってくると、家の裏に焼肉屋があり昼間からおじいちゃんが友達と飲んでるんです。

店が親が忙しく昼飯を作れないので、昼飯を食べるためにボクはそこに呼ばれていつも昼から飲んでる人の姿をみていました。

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だからお酒を飲むということに対して、ご飯を食べるくらい当たり前のことに感じていたんですよね。

焼肉屋のおばちゃんからの誘惑

そして今度は店の仕事が終わると、父親から声をかけられるんです。

もう一軒違う焼肉屋に行くんですよ。当時はなんの知識もなかったんでしょうねー。そこのおばちゃんがわざわざ父親とボクを呼びに来るんです。

「かーくん、綺麗ないいレバーが入ったにー」って、今はなかなか食べることができないレバー刺しです。それも豚のレバーでした。

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当時はそんなもん関係なかったんでしょうね。そこの焼肉屋のおばさんに呼ばれるとすぐに父親に言って、二人で豚のレバー刺しを生姜だまりで食べてたんですよ。

今考えるとすごく危ない感じなんですが、何にも気にしないで食べていたんです。

そんなレバー刺しを食べるとき、いつも父親が飲んでるのが生ビールでした。

ボクはまだ小学生なのでビールは飲めませんでしたが、父親が美味そうに飲んでる姿を見ていて、いつか飲んでやるって考えていたんですよね。

黒ラベルの思い出

そして高校に入り体も心も大人のような感覚に陥っていたボクは、いつもボクの部屋の前に置いてあった日本酒に手をかけてしまいました。(家では毎回1斗(10升)ずつ買ってあったんです)

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(イメージ・日本酒は沢の鶴の寿海しか飲まなかったです。)

飲んで見たら甘くて美味しいですよね。そんなことをやってるうちにお酒を飲むのが当たり前になってしまったんです。

そしてついに小学生の時に、豚のレバーを堪能した焼肉屋でビールを飲むチャンスが来ました。

父親もお酒に関しては開放的だったので、高校になり久しぶりに一緒にそこの焼肉屋に行ったんです

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そして何も言わないのに出て来たのが、待ち焦がれた生ビール!

調子付いて父親の真似して、グビーっていっちゃいましたー。(笑)その時のなんとも言えない苦味は忘れることができません。

でもそれからその焼肉屋で飲んだ生ビールが、サッポロ黒ラベルだと分かりずっとそればかり好んで飲んでました。

もちろん家の缶ビールもサッポロ黒ラベル

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生まれて初めて飲んだビールがたまたまサッポロ黒ラベルだったんですよね。今でもボクの口に合う最高のビールです。

それでは、またー。